プロ野球の阪神、楽天、巨人を渡り歩いた元捕手の中谷仁さん(38)が今年、コーチとして母校の智弁和歌山高野球部で指導者の道を歩み始めた。
 プロの世界に身を置いた15年間で「一球の重み」を学んだ経験からバッテリーの強化に力を注ぐ。平成9年に夏の甲子園優勝をともに味わった同部の高嶋仁監督(71)を再び甲子園で胴上げするべく、グラウンドで後輩たちと汗を流す日々。現在の思いを聞いた。

 --コーチ就任の経緯は
 平成25年に巨人のブルペン捕手を退職したとき、いずれプロ野球のコーチや智弁和歌山高校で監督のお手伝いができればと考えていました。その勉強をするためにプロ野球OB会の野球教室で全国を回ったりしながら子供たちに3年ほど野球を教えました。昨年から今年にかけ、智弁和歌山の理事長から「高嶋監督の後任は中谷君しかいない」と声をかけてもらいました。高校3年のときと同じように高嶋先生と甲子園優勝を目指せる。こんなにやりがいのあることはないと思い、決断しました。今年1月から臨時コーチ、4月からは専属で毎日教えています。
 《春夏3度の甲子園優勝を誇る強豪・智弁和歌山だが、23年夏(3回戦敗退)から甲子園での勝利がなく、最後に出場したのは27年夏だ》
 --母校を強くしたい思いもあった
 野球部OBの方々と話す中で、智弁和歌山に一時期の勢いがないことや、甲子園にしばらく出ていないことが話題にあがることがあります。高嶋先生の年齢のことも考えると、もうひと花咲かせたいという思いが強いです。
 --元捕手として力を入れて指導していることは
 バッテリーの強化です。うちは伝統的に強力な打線は組めているんですが、最近は失点の多さが敗因の一つになっていて、高嶋先生も気にしている。プロ15年間のうち半分くらいは野村克也監督の下で捕手をやっていたので、「野村野球」で培った準備の大切さを伝えています。
 --「野村野球」とは
 野村野球とは準備野球。戦う前の準備で勝敗の7、8割は決まっていると思え、と。例えば相手打線に左打者が多いと、こういうボールは危ないから投げないようにとか、普段からブルペンで投手にこう声をかけておくとか。捕手は投手に投げてもらう部分があるので、サインを出してミットを構えることしかできない。どう投げてもらうか、練習から試合を想定して準備しておきなさいと話しています。
 --バッテリー間の意思疎通が重要だと
 捕手には「意図、根拠をサインに入れなさい」と言っています。同じスライダーでも、このスライダーで三振を取るんだというのと、何も考えずに投げるのとではまったく違う。「一球入魂」とはそういうことだと思います。バッテリーの意思疎通ができていたら、たとえ配球ミスでも最悪の結果を免れたりするものです。同じ球を投げさせるのでも狙いをしっかり共有することが大事です。
 --伝える難しさもある
 私も高校生のときにそうでしたが、一度にたくさん言われても頭に残らないので、タイミングを見て一日に1つか2つだけ伝えています。選手の足りないところに気づいて、一緒に考えながらやっています。難しいですが、部員たちと同じく日々勉強です。
 --春季近畿地区大会の県予選で優勝。成果が表れている
 決勝(和歌山商業戦)は完封勝ちで、まだまだですがバッテリーの軸はできてきました。あっという間に夏の甲子園の県大会が7月に始まります。プロ野球は毎日試合がありますが、高校野球は土日しかないので、月12試合くらいで1カ月が終わります。反省と準備で試合を迎えるとすぐ時間が過ぎてしまいます。時間が足りないですね。
 --今後の抱負は
 選手たちにはたとえ甲子園に出られなくても、その先の人生があると言っています。プロ野球で一流の結果を出す選手は、あいさつだったり、感謝の気持ちを持つことだったり、人間性も一流だったと伝えています。甲子園優勝を掲げながら、社会で認められる人間性を身につけてほしい。高嶋先生と一緒にグラウンドで泥んこになって、できることをやっていきたいと思います。

 【プロフィル】昭和54年5月、和歌山県生まれ。智弁和歌山高野球部では平成9年に主将として夏の甲子園で優勝し、同年のドラフトで阪神から1位指名を受けて入団。17年オフに楽天に移籍し、24年に巨人でプレーしたのを最後に現役引退。25年は巨人でブルペン捕手を務めた。プロ通算成績は111試合出場、4本塁打、17打点、打率1割6分2厘。26年に学生野球資格を回復。今年1月、母校のコーチに就任した。